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[父の終活と母の形見] Vol.3
遺品整理の思い出

投稿日 2020.08.20


この『父の終活と母の形見』では、娘の立場から、父がおこなっている終活と、心臓の病で2年前に突如この世を去った母がのこしてくれた遺品について、それぞれお話をしていきたいと思います。終活といっても、何を整理するかは家庭によって様々かと思います。このコラムで綴るお話はあくまで我が家の一例ですが、このコラムをつうじて「これはやっといた方がいいな」「そこを整理しておかないと子供が困るのか」といった、皆様の終活への助力や興味につながれば幸いです。


新たな暮らしと遺品整理

母が亡くなって数ヶ月した頃、実家の引越しが決まりました。父はそれまで母とふたりで地方に暮らしていましたが、母が急逝したあと、その場所にひとりで住み続けるよりは子供たちの側で暮らしたいと願うようになり、皆が暮らす東京への引越しを決断したのでした。

今まで地方の一軒家に住んでいた父からすると、引越し先の東京のマンションはとても狭く感じられたようです。勿論、一軒家の家具や荷物をそのまま持っていくことはできません。家財の大半を整理する必要があり、あわせて母の遺品も整理する必要がありました。とても父だけで片付けるのは困難で、私も仕事の合間をぬって東京から幾度となく足を運び、父と共にひたすら片付けに勤しむ日々が数ヶ月ほど続きました。
その期間は、今思い返してみても、まるで母と常に向き合っているような、不思議な時間だったと記憶しています。

大切な家族が遺していった物に対して、何を残して何を処分するか。その判断基準を、皆さんはどのように考えるでしょうか?
今回は、遺品整理の思い出と、そのときに感じた物の価値についてお話したいと思います。

母の人生が詰まった、母の遺品

私が片付けたのは、主に母の部屋と台所と洗面所です。母が管理していたスペースを私が整理することになったわけですが、父が「女性の私物を勝手に触るのは抵抗がある」と言うので、特に母の部屋は生前と同じ状態で保たれていました。

生前の母は多趣味な上に物持ちがよい人でしたので、部屋は様々な物で溢れていました。チープなお土産のキーホルダーから高級なジュエリー、普段着からお出かけ用のスーツや着物、可愛いお菓子の空き箱やお気に入りのショップの紙袋、何十年も前に紙粘土でつくった手作り人形や、どう見てもその辺に落ちていそうな石ころまで。母にとって、どのような思い出や想いが込められた物なのかは計り知れませんが、その数も種類も膨大で混沌としています。
それらすべてを部屋のなかに並べて眺めてみたときには、なかなかの迫力を感じて圧倒されてしまったほどです。

どのような物であっても、母の人生において様々な瞬間に母が残してきた物ですから、簡単に私の一存で整理するのは躊躇われます。
しかし、そうは言っても整理しなければ父のこれからの生活がはじまりません。ひとつひとつを手に取り、母に想いを馳せながら、母と共に天国へ送り出す気持ちで、その大多数を私はゴミ袋へ入れていきました。

そして、残った物のなかから、今度は寄付するもの、売りに出すもの、手元に残すものを選別していきました。衣類などの基本的に再利用できる物に関しては、すべて寄付することにしました。人の役に立つほうが、母としては嬉しいだろうと考えたからです。売りに出すものは買取業者に自宅でひとつひとつ鑑定して引き取っていただきました。
そうこうしていくと、最終的に手元に残ったものは、わずかな数となりました。

父は少なくなった荷物を抱えて、その後無事に引っ越しを完了し、選りすぐりの遺品は新しい実家のクローゼットに仕舞われました。
ときどき、私はクローゼットを開けて母の遺品を眺めます。残った遺品を眺めていると、その物のひとつひとつに母の面影が重なります。

外せなかった意外な遺品

形見として残す物のなかで、どうしても外せなかった物のひとつに、航空会社の会員向けパンフレットがありました。
母が亡くなる二日前に、私はたまたま実家を訪れていました。そのときに、母がとびきりの笑顔で私に見せてくれたのが、そのパンフレットの当選者発表ページでした。
「ほら、お母さんの名前があるやろ?」
定期的に届く、そのパンフレットをパラパラと眺めていた母は、そこに突然自分の名前を見つけ、とても嬉しかったのだそうです。どうしても私にその当選者発表ページを見せたくて、東京に戻ろうと慌ただしく準備している私のところへパタパタとパンフレットを持って駆け寄り、見せてくれたのでした。

母はプレゼントが当たったことよりも、何よりも、そこに自分の名前が載っていることを喜んでいるように見えました。それが母と会う最後の日になるとは互いに知らず、それでもその笑顔を最後に私に向けてくれたことが、今の私にとっては有り難く、力強く心に残っています。母が生きていた証が、その当選者発表ページの名前にも残っているようにも感じられます。
航空会社のパンフレットを眺めるとき、そこにはきらきらしたとした母の満面の笑顔が、私の心を優しく包んでくれるのです。

家族の心に遺す、かけがえのない笑顔

母はいつも笑顔を心がけている人でした。残された遺族にとって、心に残る故人の表情が笑顔であることはとても大切なことで、ひとつの救いになります。
物の価値には、一般的価値と個人的価値が存在します。そういった意味では、どんなものでも大切な形見になりえます。どうか皆さんも、笑顔と共に、ご自身にとって大切なものをご家族の心に遺してはいかがでしょうか?

野村みどり

ライター / プランナー

野村みどり (ノムラ ミドリ)

「日比谷花壇のペット葬」WEBサイトにて、コンテンツの企画・編集・ライティングを務める。オハナクラブでは、自身の経験を踏まえ、娘世代から見た父の終活を題材にした連載コラム『父の終活と母の形見』を執筆。その他 イベント企画から取材記事まで幅広く担当している。

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